きっかけ待ちは一生始まらない
「きっかけが来たら始めます」
この姿勢は、行動のスタートを無期限に先延ばしにしてしまいます。なぜなら、きっかけは外から“たまたま”来るものだからです。来なければ、ずっと始まりません。
ゼロから始められる人は特別な才能があるのではなく、きっかけがなくても動ける人です。最初の一歩を自分で作れる人が、人生を前に進めていきます。

「信じる」だけでは動かない(聖書の比喩)
ここで、スピリチュアル寄りの比喩として、とても大事な言葉があります。
「行いのない信仰は死んでいる」(『新約聖書 ヤコブの手紙』2章17節)
この言葉は、「信じる」だけで動かないなら、現実は動きにくいという意味にも読めます。
願うこと、祈ること、信じることは大切です。でも、行動がゼロだと、種をまかないまま収穫を待つようなものです。
“待つ姿勢”が続くほど、「いつか」の期限は消えていきます。そして気づけば、時間だけが先に進みます。

起点は自分で作る(小さすぎる一歩のコツ)
「1から始める」は、条件が整っている状態です。
時間がある、気分が良い、応援者がいる、道具もそろっている。これは誰でもやりやすいです。
でも「整うまで待つ」がクセになると落とし穴があります。
それは、誰かがきっかけを作ってくれるのを期待すると、全員が待ってしまうことです。
職場でも、家庭でも、グループでも「誰かが言い出したら…」が増えるほど空気は固まり、停滞します。停滞の正体は、大事件ではなく“小さな先延ばし”の積み重ねです。
だから原則はこれです。
最初の一歩(起点)は自分が作る必要があります。
おすすめは、でっかい挑戦ではなく、小さすぎて笑える一歩です。
・ノートに1行だけ書く
・1分だけやる
・道具を机に出すだけ
これなら心の抵抗をすり抜けられます。
そして一歩踏み出した後は、流れや助けが働きやすくなります。
人の応援が来たり、必要な情報が目に入ったり、偶然の出会いが起きたりします。スピリチュアルに言えば、神の追い風です。風を待つのではなく、動いて風をつかみに行く感覚です。

まとめ
きっかけ待ちは、人生のハンドルを他人に預けることです。
最初の一歩は小さくていい。自分で起点を作った瞬間、流れは動き出します。