日本では、選挙の投票率が長いあいだ低いままです。
理由はいくつもありますが、その一つに
「どうせ変わらない」「自分には関係ない」
という空気があります。
心理学では、これを
学習性無力感と呼びます。
何をしても無駄だと思わされ続けると、
人は行動する力そのものを失ってしまうのです。
この感覚は、政治だけでなく、
私たちの働き方や生き方にも深く入り込んでいます。
幸福追求権とは「わがまま」ではない
日本国憲法13条には、
「すべての国民は、個人として尊重される」
と書かれています。
これは難しい言葉に見えますが、
とてもシンプルです。
自分らしく生きていい。
幸せを求めていい。
それが幸福追求権です。
ところが現実では、
・終わらない残業
・人格を否定する言葉
・生活できないほどの低賃金
こうした状況が
「仕事なんだから仕方ない」
で片づけられてしまうことがあります。
けれどそれは、
努力の問題ではなく、
人としての尊厳の問題です。

「権利を主張するな」という刷り込み
SNSや職場で、
こんな言葉を見たことはありませんか。
「文句があるなら辞めればいい」
「仕事ができないのに権利だけ主張するな」
行動経済学では、
人は集団の空気に逆らうことを
本能的に恐れると言われています。
これを同調圧力といいます。
その結果、
「自分が悪いのかもしれない」
と考え、
本来守られるべき権利まで
自分から手放してしまうのです。

我慢=美徳、という古いプログラム
日本には、
我慢は立派、耐える人は偉い
という価値観があります。
でも哲学的に見れば、
それは「自分を消す訓練」に
なってしまうこともあります。
我慢を続けるほど、
心と体は静かにすり減っていきます。
最近のWEB記事や体験談でも、
「限界まで我慢して、ある日突然動けなくなった」
という声は珍しくありません。
我慢は美徳ではなく、
時代遅れの思い込みなのかもしれません。

変わる第一歩は「気づくこと」
大きな行動を起こす必要はありません。
まずは、
「自分は、幸せを後回しにしていないか?」
と問いかけてみてください。
気づいた瞬間から、
人生は少しずつ動き始めます。
あなたが違和感を覚えているなら、
それは怠けではなく、
感性が生きている証拠です。
このおかしな世の中で、
前向きに生きようとするあなたは、
もう十分、目覚め始めています。
光は、
気づいた人の足元から灯ります。